2011年3月25日金曜日

イエローナイフ第5日目 3月22日





 スノーカイトから戻り、夕食を取った後に、レポートをまとめてから、数時間仮眠。オーロラ下での撮影のため10時に出発して、下手をするとホテルに戻るのは、午前3時! それからレポートを仕上げてアップロードすると、ベッドに入るのは朝5時を回ることも…。イエローナイフ滞在5日目にして、そんなハードな生活にもようやく慣れてきた感があるが、やっぱり朝は強烈に眠い!!
 今日は風も安定した南東風が期待できるし、天気も快晴。スノーカイトが出来る最終日という事もあって、ちょっとした冒険にチャレンジする事にした。地元のスノーカイターがコンディションの良いときにするという、沖合20kmに位置する群島へのアウト&リターンだ。
 一口に20kmといってもここは北緯60度の凍った湖の上、ひとたび何かトラブルに巻き込まれて、カイトで戻れない羽目になったら、なおかつ、夜までに人里に帰り着くことが出来なかったら、まず朝まで無事に過ごすことは出来ないという過酷な所。おまけに往復で40kmになる行程は平均時速20kmで、まったく休み無しで走ったとしても二時間はかかる。いざという時は携帯電話がつながるので、助けは呼べるという事だが、まずは相応の緊張感をもって滑走時の約束事を取り決めて、1時半に全員そろってスタートした。風は南東3~4m。弱いのが気にかかるが、予報では、これから強くなる流れで、昨日までの経験から湖の中央に向かうほど強くなる事が期待できる。
 5kmほど進むと昨日遊んだプレッシャーリッジの、反対側の端近くにたどり着いた。ここでは、リッジはかなり背が高く、乗り越えるには若干リスクがあったので、風下にの小さな島の懐を回り込む。しかし、実はプレッシャーリッジはここで途切れているわけではなく、90度曲がってまだまだ延々と伸びていた。群島に向かうために、低い所を狙ってリッジを乗り越えて、さらに先を進める。このあたりまで来ると雪は風に飛ばされ、ところどころ吹きだまったり、堅くなっていたり、中には氷が青黒く顔を覗かせている所もある。足下の雪面が時々刻々変わるので、長時間の一定走行は結構足に応える。同時に湖の中央に進むに従って、アンダーだった風はジャストに変わり、島を目前に臨む頃には、雪面に対して若干オーバー気味になってきた。
 このとき僕の脳裏で鳴っていた警鐘は、この風は単に地形的な影響で強くなっているのか? 時間的な変化なのか? という事だ。地形的な影響ならば、問題無い。島まで行って、多少オーバー気味になっても戻れば、問題は解決する。しかし、時間的な経過で、風が強くなっているとしたらどうだろう? それは帰路20kmの全行程、オーバーパワーのカイトを堅い雪の上、脚力で押さえ込みながら1時間程度走り続けなければならない事を意味する。いや、それ以上に風が上がった場合、カイトを上げていられない事になる可能性が有りはしないか? いや、それ以前にもう少し風が強くなったら、一回り大きい11m2を上げているジャスケンは限界に達してしまうだろう。そう逡巡していたら、案の定、ジャスケンが近づいてきて、カイトを小さいものに張り替えたいと声をかけてきた。島はもう目前まで迫っていたけれど、僕は安全側の選択を取ることにした。島まで行って少し休みたいという声を遮って、やってきたコースを風が落ち着くところまで戻ることにしたのだ。復路では、往路に風の強さを確認した所でも、明らかに風が強くなっていたので、ちょっと心配したのだが、結論から言うと杞憂だったようで、プレッシャーリッジを越えた島まで戻ったところで風はおちついた。ここで、一休みしながら、皆に事情を説明して、ピックアップの約束をしている所まで各自ダウンウインドして戻ることにした。残り12km程度を各自思い思いのコース取りで戻り、車の待っている所まで戻った所でイエローナイフでのスノーカイトのラスト・ランは終了した。僕のトラックで全行程37km、所要時間2時間17分、平均時速12km、最高速度36.7km。もちろん誰にとっても始めて体験する長距離のトリップだった。
 全員そろって、荷物をパッキングして、さて、車がスタートしようという段になって、突然それまでそよ風程度だった所に突風が吹き込み始めた。心配していた強風は、タイミングこそ違え、やはり近づいてきていたと見える。

最後のオーロラ
ツアーに計画されているオーロラ鑑賞ツアーは昨日の晩まで。今夜は明日の帰国に備えてゆっくり休むプランだったが、ガイドの大塚氏が、個人的にオーロラを見に行くので、良さそうだったら一緒に行きますか? と誘ってくれた。もちろん断る理由は無い。夜11時に約束してホテルに戻ると、11時を待たずに連絡があった。すごく良さそうだから予定より早く動こうとのこと。”好きなものにバカがつく人”がこういう連絡をしてくる時には100%それに従うのが鉄則だ。僕らはあわてて準備をするとフロントに待ち構える大塚氏のデリカに飛び乗った。大塚氏があわてたのも道理。頭上には巨大なオーロラが、すでに天空をまっすぐ横切るように薄白く横切っている。こんな早い時間に、こんな位置に、こんな大きなオーロラが出たのは今日が初めてだ。郊外の湖畔で車を停め、湖上に出て行くと、すでにオーロラは僕らの頭上からはるか南まで広がっている。
 ここまでの三回の鑑賞で判ったのは、南まで広がったオーロラがエネルギーを放出しながら収縮するときに発する凄まじいエネルギーが、いわゆるブレイクアップと呼ばれる現象で、この時オーロラは見る者を突き刺す光の矢のように天空から降り注ぎ、波打ち、脈打ちながら頭上を通り過ぎて行く。眺めている者に出来る事をただ頭上を振り仰ぎ、口を開いて、口々に感嘆の叫びを口にするだけだ。この晩オーロラは都合3回ブレイクアップして、大塚氏の言によればシーズンに数回あるかないかの素晴らしさで、僕らの旅の最後の晩を強烈な輝きで包みこんでくれた。

感謝
正直、この地に来て実物を見るまで、個人的にはオーロラというものにそれほど興味を持っていなかった。しかし、この地に来て、実物を体験して(鑑賞というのは適していないと思う)、また、オーロラに魅せられて、生涯をオーロラに捧げている人々に出会い、風の振る舞いに勝るとも劣らない、理論的な背景とは裏腹な気まぐれさ、生き物かと見まごうばかりの、躍動感を持つオーロラという自然現象に、ひどく感銘を受けた。震災の混乱もまだ収拾していない中、成田を発つのを躊躇しなかったと言えば嘘になる。しかし、やはり振り返ってみれば、多少の無理はしてでもこの地を訪れて良かったと心から思う。この得難い企画を提案してくださった里見氏、熱意を持ってガイドにあたってくれた大塚夫妻、現地のスノーカイト情報を提供してくれた、イエローナイフのスノーカイト馬鹿、クリスとグレッグ、そして、一緒に旅をしてくれた良き仲間達。全てに最大限の感謝を捧げてこのレポートを締めくくりたい。

P.S. 人口二万人足らずのカナダの陸の孤島、イエローナイフでも人々は震災に見舞われた日本人のために祈り、それぞれに出来る事に取り組んでくれていました。日本人がんばろう!

Photos are taken by Hisamichi Ohtani

2011年3月23日水曜日

イエローナイフ四日目




プレッシャーリッジ・ラン
あらかじめ得ていた予報の示すとおりイエローナイフ4日目は窓から見る景色にも風を感じられる好ましいものだった。12時のピックアップの後グレートスレイブ湖に向かうと、アイスロードに出ただけで適度の南東風が感じられる。今日は普段地元のスノーカイター達がいつも乗っている湾の内側ではなく、湾の入り口近くまで行く計画だ。実は初日にちょいと足を伸ばした時にかなりの高さでどこまで続いてるかも判らない長さの巨大なプレッシャーリッジを見つけたので、それに絡めてライディングを楽しもうと思ったのだ。プレッシャーリッジとは、氷が出来る時に発生するひずみが集中して、線状に凍りが割れ隆起する現象で、いわゆる諏訪湖で言うところの御神渡りという奴。広大な広さのグレートスレイブ湖でも最初のインパクトが過ぎれば、やはり変化が欲しくなるというものなのである。
風は南東風5~6m。これだけ造作の大きい土地では海と変わらないステディな風が吹く。車を停めたところから500mも走ると、プレッシャーリッジにたどり着く、幅は1m〜3m高さは50cm程度から身長を超える高さまで、割れてささくれたピークの間にはところどころ穴が開いていて、割れた氷の断面を覗くことが出来る。もちろん割れた直後にはまったりすると、湖面まで落ちる可能性が無いではない。また、割れ方によってはとがった氷の尖端が上を向いて雪の間から突き出ているところもたくさんあり、見た目よりも少々注意を払って乗る必要のあるしろものではあった。本当は、このリッジをキッカー代わりに、飛んでいる写真を撮りたかったのだが、風はあいにくリッジに直角に吹いていて非常に飛びにくい。さればとみんなと楽しんだのが、リッジと平行に
ときにはリッジの面そのものを走り続けるプレッシャーリッジ・ラン。これは楽しかった! 雪面や地形が次から次へと変わるのに次々対応しなければならないのがスリリングで、実に楽しい。リッジの際を走り、時には飛び越え、時には斜面のピーク付近を走り続ける。リッジに飽きたら近くの小島を上り下りなどして、二時間あまり変化のあるライディングを存分に楽しんだ。用を済ませに一度イエローナイフの街に戻っていた大塚氏の奥さんが街の近郊でもスノーカイターが乗っているという情報を持ってきてくれたので、車を回してもらって、僕らはダウンウインドして帰る事にした。ダウンウインドの得意なスキーのΣはあっという間に他のスノボ3人を置き去りに、僕らはゆっくりとダウンウインドを楽しみながら、イエローナイフに向かった。約30分をかけて下った距離はGPSトラックで約11km。直線だと10kmくらいだろうか?
日没まで充分まだ時間はあったので、他の二人が乗っている間に僕とΣはスノーカイトに興味を持った大塚氏に即席レッスン。スキーの経験も充分に無い割には、借り物の装備一式で短時間の練習の後にアップウインドして帰ってきたから、かなりのセンスだ。
闇夜のスノーカイト
ライディング後に、地元の衆が集まる人気のパブに出かけて、夕食を済ます。うまそうなステーキメニューを発見したので、頼んだところ、これが当たり。今ツアー、ベスト夕食でした。あ、ちなみに昼はA&Wでモッツァ・バーガー、テイクアウト。これも美味しうございました。
 ホテルに戻って一休みした後に、11時にオーロラ&スノーカイトにスタート。今回夜でも問題無くカイトができるように、満月のタイミングを狙って日程を組んだのだが、ひとつ読みが甘かったのが月の高さ。初日こそ、煌煌と雪面を照らして不自由なくライディングできそうだったのだが、三日目の今日になると、一日50分づつ、月の運行がずれていくために、12時くらいではまだ月が昇ってきていないのだ。ところが、風とオーロラはそんな事情など斟酌してくれない。やむを得ず、暗闇の中、なんとかカイトをセットして、マンタIII12.0を上げてみた。風は充分安定して吹いていてばっちり走れる。北東の空には実に良い感じのオーロラが芸をしている。これは月のでを待たずに撮るしかない! という事で月を待たずに撮影したのが上の一枚。結局この後オーロラが収束して、月の出を待ちながら3時半まで待ったのだけど、とうとう、オーロラは復活せずじまい。つくづく、月の出なんか待たないで、無理矢理乗っておいて良かった。ちなみに闇夜でのライディングでは霧ヶ峰や美ヶ原でのホワイト・アウトライディングでの経験が役に立ちました。

2011年3月21日月曜日

イエローナイフ三日目




今日は地元勢のクリスらと一緒にスノーカイトの計画。10時に電話をすると、風が上がるのに時間がかかりそうだから午後1時にピックアップに来るとのこと。時差ボケもあいまってめちゃ眠かった僕は速攻ベッドへ。他の3人は街に散歩に繰り出した。
午後1時に約束どおり、クリスの奥さんが巨大なピックアップトラックで向かえにやってきた。途中やはり地元のスノーカイター、グレッグと合流して、クリスはレスキュー用のスノーモビルを運転し、グレッグとクリスの飼い犬が加わって、計7人と2匹でグレートスレイブ・レイクへと向かった。風は昨日よりいくぶん西に振れた南西風。昨日よりちょっと弱そうだ。微妙かなぁと思われたが、グレッグが自分のフライサーファー(アウトロー13)は軽い生地ですごく微風でも上がるから試してみろということなので上げてみた。すると(昨日もそうだったのだが)乾燥しているせいか体感の風に対して意外なほどパワーがある。試しにボードをはいてみたら、全然問題無くアップウインドが取れた。(ちなみにアウトローは水上用モデルに見られるような失速しやすさもなく、扱いやすいカイトでしたよ。)戻ってきてマンタIII12に代えた僕は今日は昨日と狙いを一転して、アイスロードから南西側の湖岸を目指してみた。実は最初に来たときから湖岸から丘に登る事はできないかと狙っていたのだ。延々滑ってたどり着いたものの、近づいてみたら、湖岸近辺では風が弱くなっていて、遠目に見えていた丘の一部は実は巨大な岩。無理矢理登りかけたが、薄い雪のすぐ下に岩があることに気づいて、すぐに湖に戻った。そのまま、スタート地点まで戻ってトラックをチェックすると、所用時間約30分で、まっすぐ4キロ行って、まっすぐ4キロ戻ってくるずいぶんシンプルなトラックになっていた。
オーロラ爆発!
ホテルに戻り、近所のベトナム料理屋で夕食を済ませた僕らは、オーロラ鑑賞の出発に備えて、仮眠を取った。昨日はあわよくば滑ってやろうと思ってグレートスレイブ湖に行ったのだが、今日はどうしても風吹くようには思えなかったので、ガイドの大塚氏にオーロラ重視でエリアチョイスをお願いした。この大塚氏、オーロラに魅せられてもう十数年この地でオーロラガイドをしているという強者で、ベストのオーロラを見せるために、車で移動できる範囲を走りながら、その日一番オーロラを美しく見える所に案内してくれるという、まぁ、僕の大好きな、”バカ”が着く類の人物。(例:カイト馬鹿、パラ馬鹿、オーロラ馬鹿、僕は前二者に該当…)30分ほど車で移動して、別の湖についた。しばらく待っていると次第にオーロラが輝きだし、各自写真を撮ったり、無理無理カイトを上げて撮影したりして、深夜二時を回り、そろそろ引き上げようと車に乗り込んだところで、大塚氏がちょっと車を降りて、この後にくるオーロラを見ましょうと言い出した。すぐさま車を降りると、さきほどからうっすらと天頂を横切って、南東から北西に横切っていた頭上のオーロラが輝きを増し、カーテンをゆっくり下ろすかのように僕らの頭上に降り注ぎ始めた。やがて僕らの見守るうちに光のカーテンはところどころ、渦を巻き、波打ちながら、色とりどりの光の矢をほとばしらせ、形を変え、位置を変えながら、数分間輝き続けた。この間僕らは呆然と空を見上げて、「すごい!」、「これはすごい!」「あ!今度はあっち!」「うわ、これもすごい!」となんともボキャブラリーに乏しい言葉を発しながら、ただ、ひたすら空を振り仰いでいた。いつもどんな場面でも冷静にシャッターを押し、今回はこのためにカメラまで新調してきたΣ氏がこのときばかりはカメラを構えるのを忘れて、空を見上げていた事からも、これがいかに素晴らしいスペクタクルであったかという事がうかがい知れよう。
オーロラが”弾ける”というのがどんな状態かがよく分かったし、月夜でカイトとオーロラを撮る練習もだいぶ出来た。明日こそは風、月、オーロラが全てそろった写真が撮れますように!

イエローナイフ第二日目




 今日は朝から快晴。風は北西よりの微風。ホテルのレストランでパンケーキとソーセージのいかにもアメリカンな朝食を取って、10時からスタート。まず街の概要の説明を受けて、湖上に冬季のみ出現するアイスロードへと赴く。湖の中を通る片側1車線づつぐらいのガタガタ道を想像していたらさにあらず、ゆうに片側三車線はあろうかという幅の見事にフラットな道が延々地平線(湖面なのだから水平線と言うべきか?)の彼方まで続いている。6kmくらい先まで行って、滑る所をチェックした。風はまだほとんど吹いておらず、もとよりまだ滑る装備を持ってきてはいない。再び街に戻り、スーパーマーケットに戻って買い出しを済ませた後に現地のスノーカイターであるクリスの家を訪ねた。
 クリスは40〜50代くらいの男性で、地質学者としてイエローナイフで働いているらしい。スノーカイトを始めたのは1999年で、年に数回はノルウエーのスノーカイト・トリップに訪れるというヘビーなスノーカイターだ。だいたい、趣味がこうじて屋根の上に気象設備を設けて、ネットから見られるようにしてしまっているというのだから病は深刻だ。午後1時に訪ねて、2時過ぎまで話し込み、翌日一緒に乗る約束を交わしてからクリスの家を辞した。風はまだ1mに満たない北西風だが、このまま風を待って家の中に居たら、ごくわずかなチャンスが訪れても下手をすれば逃してしまうと思ったからだ。
 湖上に出ても風の弱さは変わらなかったが構わず湖の真ん中を目指していく。変化の無い湖面では目標物が無いので見た目だけでは弱い風は判らない。数キロ進んだところで車を止めてもらうと風は大変な微風ながら反対側の南から吹いている。これは北西風と南風がイエローナイフとの間のどこかでぶつかって無風になっていたという事だ。ということはこのまま南にどんどん進めば、南風はもっと強くなるだろう。そう推測してさらに先を急ぐと案の定もう少し走ったところで、走れそうな強さの南西風が吹いている所に到達した。
 大急ぎでセッティングして走る事1時間。せっかくの広さを生かして大きなレグで走ろうと思ったにもかかわらず、後でチェックしたら、走った範囲は3キロのみ。地元勢はコンディションの良いときは23km先の島まで行って帰ってくるというから、てんで広さを生かしてなんかいなかった…
 夕食後、夜10時から、実はこれも今回の旅のメインイベントであるオーロラ鑑賞。昼間カイトをやっていたところからさらに湖上を進み空を見上げることしばし、初めははるか北の空に雲と見分けがつかないほどの、弱々しい光を放っていたオーロラが日付けが変わる頃になると、真上まで移動して、光のカーテンのようにしずしずと僕らの頭上に降ってくる。なるほど、これを見るためだけに多くの日本人がこの地を訪れるというのがよく分かるスペクタクルだ。結局2時までがっつり鑑賞してホテルに戻り、4時頃ようやくベッドに収まりました。このレポートを仕上げているのは翌朝9時…眠!

2011年3月19日土曜日

イエローナイフ遠征第一日目 3月18日




 始めての試みとして、今年実施の運びとなったカナダ、イエローナイフへのスノーカイト&オーロラ鑑賞ツアー。震災後の混乱が明けない中での出発は初日から波乱含みだった。
関空経由?
 用心して早めに出た事が幸いして、空港には余裕を持って全員が揃い、いざチェックインという段になってから、カウンター担当者から意外な話が飛び出した。現在、震災と原発事故対応の処置として、一度関空を経由、給油と要因交代後に、バンクーバーに向かうために、3時間程度の遅れが生じて、バンクーバー〜イエローナイフの乗り継ぎ便に間に合わないとの話だそうだ。おまけに翌日の直行便は満席のため、明日の移動は、バンクーバー〜カルガリー経由〜イエローナイフになってしまうらしい。「うわ、二日間でいったい何回離着陸するんだよ…」と思い、少々げんなりしながらも、バンクーバーでの一泊はカナダエアー持ちという待遇に少々期待して成田を発った。
 フライトも半ばを過ぎ、機内映画に発見した「最後の忠臣蔵」に大いに涙腺を緩ませていると、客室乗務員がやってきて、イエローナイフ便を待たせておくから今日のうちにイエローナイフに入れるとの話。えぇ? それはそれでありがたいのだが、成田では荷物をバンクーバーで出すように手配してしまってあるし、現地エージェントには翌日到着する旨連絡してしまってあるので、ただでさえ時間の無いトランジットがさらにせわしなくなってしまった。降りたら速攻入国して、荷物を一回受け取り、その間にイエローナイフに電話して今日の到着に変更の連絡と、キャンセルしてしまったホテルの再予約を依頼、税関のチェックを受けて、国内線のセキュリティ・チェックを受け、国内線ターミナルに移動して、はるか離れた出発ゲートまで移動。これに要する時間全て飛行機を待たせているという状態! でも最後の移動は空港内をよく走っている電動カートに乗せてもらってなかなか快適だったなぁ。で、飛行機についてみたら機体は50人乗りの小さなボンバルディア。乗客の半分くらいは同じ便に乗ってきた日本人たちだったので、待っていてくれた事にもなるほどと納得。3時間程度のフライトでイエローナイフに到着した。
雨のバンクーバー、厳寒のイエローナイフ
雨の降っていたバンクーバーから一転、イエローナイフは小雪が舞い、気温はマイナス10度以下。まぁ、寒いは寒いけど美ヶ原レベルだなと安心していたら、出迎えてくれた現地エージェントの大塚さん「割と暖かくて良かったですね」とのこと。うーんさすがに北極圏に片足突っ込んだ土地はひと味違います。
ホテルへのチェックイン後に出かけたレストランは地元でも評判の店、スノークラブ・ディップを堅めのパンに縫ってつまみつつ、地ビール(僕は例によってコーラね)と、地元の魚のチャウダーなどを賞味しつつメインのステーキをいただく。満腹の後に明日からの打ち合わせを済ませて、さきほどホテルに戻りました。小雪の舞う今日は当然オーロラ鑑賞は無し。いや有ってもさすがに今日はしんどいです。
明日は午前中にエリアを偵察して、午後からスノーカイトをスタート予定。
続報にこうご期待。